おバカ社員奮闘記2 新検見川店
●ヤル気ゼロの売場
はじめての正社員チーフ(店長・売場責任者)として配属されたのは新検見川店でした。ここの西友は崖に立っており、駅方向の入り口が3階、崖下の食品売場の入口が1階という変わった造りでした。私達のカメラ売場があるのは3階入り口を入ってすぐ左のエスカレーター前、多くのお客様が通る抜群の場所でした。壁面に「イメージコンセプト」と英語で書かれた電飾看板があり、4尺(120cm)のカウンターガラスケースが2台と3尺の棚什器2台の割と新しく作られた売場でした。前任者はベテランのF氏。肩書は平のチーフの私とは違い、「ショップマネージャー」という1ランク上の店長でした。広いショーケースにはコンパクトカメラが10台ほど、棚什器には申し訳程度のフィルム、アルバム、フレームが並んでいます。しかし私の目にはなんとも淡白なやる気のない売場に映りました。それでも月商は300万あり社内では中規模の店でした。3階は衣料品フロアで、1・2階に降りるエスカレーターに乗る人も多く、入口横ですから人通りがとにかく多いのです。
売場のメンバーはチーフの私と大ベテランのパートさん、社歴の浅いパートさんとアルバイト1名の4人。売場に立ってしばらく観察していると、ほとんどのお客様がフィルムを持ってきて現像・プリント、焼増しの注文をして帰って行きます。数字を見ると売上の8割が写真の品番でした。つまり場所の良さだけで売上になる、スタッフの努力が不要のラクな店だったのです。
●「買い物」ってなに?
ただ立っているだけでお客様は次々に来ます。なじみの人はパートさんと他愛のない話をしていきますが、多くの方は写真の注文をしていくだけ。カメラ売場に用のない人は一暼さえくれず通り過ぎていくだけです。フィルムやレンズ付きフィルム(使い切りカメラ)も手に取ってすぐに買っていきます。売場の滞留時間は1~2分。右から左へレジを打つだけのつまらない仕事でした。私は疑問を持ちました。そもそも「買い物」って何だろう?子供のころ小遣いで駄菓子やおもちゃ、本や文房具を買いに行くと、色々な品物の中から選ぶ楽しみがありました。さて、うちのカメラ売場には”楽しみ”はあるのかな?無いでしょう。ならば、立ち止まって商品を選んでもらう楽しい店づくりをしよう。そう思いました。
西友は主婦のお客様が多い店ですから、カメラの品揃えはこの程度で十分です。カメラは1台のショーケースにまとめ、もう1台には低価格のめざまし時計を並べました。棚什器もアルバム、フレームの種類を増やしました。またメーカーさんに協力してもらい、ゴンドラ什器を増設して低価格の腕時計を女性物を多めに陳列しました。せっかく衣料品フロアに売場があるのですから、服装によって腕時計を換えられるよう、オシャレな物を選びました。そのほか電卓やルーペ、ストップウォッチなど、およそカメラ売場とは思えない品揃えにしました。稲毛店で行っていた腕時計の電池交換も始めました。
売場をガラリと変えると、立ちどまる人がどんどん増えていきます。商品販売の売上は日に日に増えて3ヶ月で月商は100万上がりました。もちろん予算は毎月達成して西友の担当課長にも喜んでもらえました。
やはり買い物というのは楽しんでもらわなければならない。楽しくなければ買い物じゃない。新検見川店の経験はその後の私の商売の仕方の基礎になりました。
●この人、いったい何者?
カメラ売場の西友の担当者は家庭用品の課長と係長です。小規模の店では「サービス課」「管理課」が担当します。新検見川店では当売場のある衣料品の課長がいじわるな人でした。ちょっとでも什器が前に出ているとイヤミを言われ、セールをしようとしても非協力的な態度を取られました。この課長は店長の小判鮫のような人で、金魚のフンのようにいつも店長の後ろについていました。売上を上げても店長は冷淡で、誉めてくれることもありませんでした。色々な店を廻った経験ではこれはその人の人柄、としか言いようがありません。
ある日の午後、見まわりに来た店長と小判鮫課長にまたチクチク言われていると、当社のN専務が来店しました。「あ、専務、ごぶさたしております。」と私はあいさつをしました。すると「なんやあんた、まだおったんか?」N専務はいつもの関西弁でそう言います。横を見ると、西友の店長、課長が直立不動で、すぐに腰を90度曲げてお辞儀をしました。「あ、こちら〇〇店長と衣料品の△△課長です。」私がそう紹介するとN専務は「ああ、ええ、ええ。-こいつが世話んなって、おおきにな」と二人に向かって言いました。店長の顔は完全にこわばっていました。課長は心なしか震えています。二人はエスカレーターで5階の事務所にN専務を案内して行きました。
「???何だ、ありゃ。子会社の専務にあんなにビクビクして」私は首をひねりました。
その後、仕事に戻っていると、担当の家庭用品課長が走って来ました。「Nさん、来てるの?」「ええ、いま事務所に上がって行きましたよ。」そう言うと担当課長も走ってどこかへ行ってしまいました。
後日、上司の部長にこの事を話ししてみると、なぜ店長や課長が怯えていたのか理由を教えてくれました。私の属するセゾングループは元は西武百貨店で、二人兄弟の兄の方が作ったグループです。弟の方は父から譲り受けた西武鉄道グループのトップです。二人の父は代議士も務めた大立者でした。N専務はその父の書生で二人の息子達と一緒に育ったグループの大物なのでした。なぜそんな大物が子会社の当社の専務などをしているのかわかりませんでしたが、いつも態度が大きいのはそういうことなのか、と合点しました。N専務は売上をあげている店があると見に来るようです。その後私が担当した木更津店、東陽町店、北習志野店にもやって来て、私の顔を見ると「なんや、まだおったんか?」と必ず言いました。なぜ、そんなことを言うのかは今でも謎です。そしてどこの店でも西友の店長、課長を震え上がらせていました。
新検見川店には1年半いました。月商ははじめの300万から450万に1.5倍に引き上げました。そして辞令が出て、となりの稲毛店に移りました。稲毛店は上司の部長の拠点店舗で食事やお茶を一緒にして、色々と社内事情を教えてもらいました。ここの店でも20%ほど売上を上げて、半年後に木更津店へ異動することになりました。
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