なんとも淡白なギャグマンガ

1974年の38号で「ギャグギゲギョ」が終わると、翌39号からすぐに、新連載「オッチャン」が始まります。表紙になり、巻頭オールカラーでスタート。この作品への編集部の期待の大きさが感じられます。
この「オッチャン」、前作と違ってオッチャン、ボッチャンという主人公キャラクターをしっかり作り、赤塚ギャグのセオリー通り変わった登場人物が2人にからんで話はおかしな方向へ、というギャグマンガでした。
赤塚マンガは最初から大爆笑、というケースは少なく、連載しながら変なキャラクターが出てきてそれが絶妙なアクセントになりどんどん面白くなっていく、というパターンが多いようです。

「バカボン」なら交番の目玉つながりのおまわりさん、「レッツラゴン」なら熊のベラマッチャという具合です。しかしこの「オッチャン」にはそういうキャラクターは出て来ません。毎号、淡々と連載を重ね、いたって淡白なマンガという印象でした。
”淡白”というのは笑いが少ない、あまり笑えない、大爆笑など全く無いという意味です。
「オッチャン」は1975年のキングの誌面大刷新に伴い、他の作品同様に終了しますが、すべての新連載作品が大失敗、という誌面の事情から、その年の秋には「オッチャンPARTⅡ」として再登板することになります。
決して人気があったとは思えない「オッチャン」の復活は少年キングの窮状を物語ります。

そして翌76年の19号まで連載されますが、足かけ3年にわたる長期連載にもかかわらず、「オッチャン」が赤塚の代表作と呼ばれることはありませんでした。失敗作、と言われることは少なく、キング自体の発行部数の少なさもあり、「知られていない赤塚マンガ」というのが一般の評価だと思います。
少年マンガの世界では74年にチャンピオンで「がきデカ」が大人気となり、話題を独占していました。75年76年と赤塚マンガは注目されなくなり、ギャグマンガも新時代に入っていきました。

淡々と連載は続く・・・

●やぶれかぶれの破壊ギャグ

「オッチャン」が終わって約半年後の1976年45号、赤塚不二夫は少年キングに新作「コングおやじ」を連載します。76年のキングは前年の誌面改革の大失敗により発行部数が半減、なんとか元の部数に戻そうと悪戦苦闘の日々でした。そこへ満を持してギャグの帝王、赤塚を投入、一発逆転を狙いました。
その「コングおやじ」、ゴリラ?の主人公がとにかく破壊をしまくる、という意味不明なマンガだったのです。主人公のコングおやじのみリアルな劇画調の絵でなんでもかんでも壊してしまう。—-どこがおかしいのか全く分からない、作者自身がやぶれかぶれで描いているとしか思えない、これまた笑えない、笑うところのない大失敗マンガになってしまいました。

翌77年45号まで1年間続いたのはヒット作が全く無いキングの苦しい台所事情によるもの、ビックネームの赤塚の名を目次に載せたいだけと穿った見方をしてしまいます。時代はすでに赤塚不二夫を求めてはいませんでした。

苦しまぎれ?コングおやじが巨人ファンに!